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ASSASSIN'S CREED Wiki

テンプル騎士団

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link=http://ja.wikipedia.org/wiki/Knights Templar


"Even when your kind appears to triumph ... Still we rise again. And do you know why? It is because the Order is born of a realization. We require no creed. No indoctrination by desperate old men. All we need is that the world be as it is. And THIS is why the Templars will never be destroyed."
ヘイザム・ケンウェイ.[src]
テンプル騎士団
Knights.png
The insignia of the Templar Order
組織情報
リーダー

総長[1]

関連団体
宗教

無宗教[1][5]

歴史
発足

先史時代[5]

捕捉
主要メンバー


テンプル騎士団(Templar、Templar Order、Order of the Knights Templar)は有史以前に設立され、時代に合わせ宗教騎士団や巨大企業などの形をとった。 テンプル騎士団の目的は完全な世界を創ることを至上目的としている。その為に個人の自由を制限しようと考え、個人の自由を尊重するアサシン教団と対立している。

このイデオロギーの違いによる対立から両者は紀元前から現代に至るまで何世紀もの間にわたる暗闘を続けている。

歴史編集

先史時代編集

後にテンプル騎士団と呼ばれる組織の前身はおそらくカインによって設立され、その『しるし』は騎士団の紋章として使用されている。 直後から人々の自由意志を守るために戦うアサシンの主たる敵になった。[5]

古代編集

ペルシャ帝国アケメネス朝編集

アメネス朝時代のイランではテンプル騎士団の助力によりダレイオス1世のは帝位を簒奪し皇帝となった。[6]

その息子クセルクセス1世にも騎士団は支援を行い、ギリシャ征服の手助けをした。[6] クセルクセスはアサシン、ダリウスによって暗殺される[5]

アレクサンドロス大王編集

騎士団はマケドニアにも影響力を広げ、アレクサンドロス大王と同盟関係となる。騎士団はその証にアレクサンドロス大王にエデンの杖を預けた。その力によってアレクサンドロスの帝国は世界最大級の帝国となった。 しかし、紀元前323年バビロニアのアサシンイルタニによってアレクサンドロスは毒殺さてる。[5]

編集

騎士団は東にも勢力を広げ、中国では最初の皇帝である秦の始皇帝を支援した。[6]紀元前210年始皇帝は中国のアサシンウェイ・ユーによって暗殺される。[5]

ローマ帝国編集

古代ローマ帝国時代の騎士団は皇帝や元老院に影響力を持ちコントロールしていた。しかし、帝国での彼らの活動はアサシンによって妨害し続けられた。 その例がテンプル騎士団の支援で終身独裁官に任命されたガイウス・ユリウス・カエサルの暗殺計画である。アサシン教団は元老院にマルクス・ユニウス・ブルトゥスガイウス・カシウス・ロンギヌスを筆頭に40名のアサシンをカエサルの側近として元老院に潜入させた。紀元前44年3月5日アサシンはカエサル暗殺を成功させる。[7] その後、騎士団と協力関係にあった[6]エジブトの女王クレオパトラ紀元前30年アサシン、アミュネットによって暗殺された。[5]

時代は下って41年1月24日騎士団の影響下にあった皇帝カリギュラレオニウスによって短剣で暗殺される。[5]

イエスの磔編集

1世紀 騎士団はエデンの果実聖骸布イエス・キリストの手中にあることを知り、それを手に入れるためイエスを十字架に磔にした。[5]

アンクを手に入れる編集

259年 騎士団は未だにローマ帝国内に影響力を持っていた。しかし、同年アサシンアクィラスは父ルシウスに導かれ、ローマの将軍グラックスを第三の標的とするまでまでかなりの数の騎士団を倒した。アクィラスは教団の諜報活動により知り得たグラックス軍野営地の入り口でグラックスと対峙する。グラックスはアクイラスの攻撃を防ぐため彼の胸を刺した。[8] しかし、それは致命傷ではなく、直後にアラマン人の軍隊に襲撃される。[2]

この頃ローマ元老でテンプル騎士のガイウス・フュルヴァス・ヴァルターは古い知人ルシウスに会うためルグドゥノムへ旅立った。同じくアクィラスもアラマン人の従兄弟アクシプターに渡された死者を蘇らせる事ができるアーティファクトアンクを持って家に向かっていた。ルシウスとアクィラスはヴァルターがテンプル騎士であるとは知らず、ヴァルターを二人の家に泊めた。その夜、アクィラスはルシウスがグラックスに情報を渡したと疑っていたテンプル騎士団で司祭のフォスタンを尋問した。フォスタンはアクイラスにヴァルターの裏切りを知らせた。 同時刻ヴァルターはルシウスを裏切り殺害して、アンクを持ち去った。 アクィラスが急ぎ家に戻ると父の遺体とアンクが消えているのを見つけた。[2]

中世編集

"Non nobis Domine, non nobis, sed Nomini Tuo da Gloriam"
"(Not to us God, not to us, but to Your Name Give Glory)"
―The motto of the monastic Templar Order[src]

騎士団を形成する編集

1118年 クレルヴォーのベルナルドゥスは教会からテンプル騎士団への支援が必要だと感じていた。彼はソロモン神殿に9人を送った。九年彼らが帰国した後に後総長ユーグ・ド・パイヤンとベルナルドゥスは『ラテン語会則』を作成し、1129年トロワ公会議で教皇の正式な許可を得て、表向きの目的はは聖地巡礼者を保護するための騎士団としてテンプル騎士団は再編成され、歴史の表舞台に立つことになったた。[6]

1139年 教皇インノケンティウス2世がテンプル騎士団に国境通過の自由、課税の禁止、教皇以外の君主や司教への服従の義務の免除など多くの特権を付与した。そのことにより力、富、人員等の勢力を拡大する契機となった。その時の騎士達の多くは第二次十字軍においての著名人たちであった。[9]

聖杯の捜索編集

1190年 テンプル騎士団は聖杯として知られている強力なアーティファクトを手に入れようとしていた。それは砂の神殿に隠されていて手に入れるためには3つの鍵が必要だった。アサシンアルタイル・イブン・ラ・アハドは鍵を手に入れ、聖杯の捜索のため神殿への侵入に成功する。聖杯を手に入れてティールに戻り出帆の準備をしていた騎士団はバジリスクの殺害に成功したアルタイルと対峙する。しかし、騎士団は聖杯を手に入れることに成功する。[10]

第三回十字軍編集

1191年 ロベール・ド・サブレの統率下にあったテンプル騎士団は聖地で繰り広げられていた第三回十字軍に参加。サブレは密かに騎士をガルニエ・ド・ナプルスウィリアム侯モンフェラートシブラント十字軍側にタミールタラルアブル・ヌクドマハド・アッディーンジュバイル・アルハキームサラセン側に送り込んだ。 アサシン達は知らなかったが、大導師アル・ムアリムはリンゴの力を自分自身が手にするため騎士団の運動に参加していた。 以上の10人は共にソロモン神殿エデンのリンゴといくつかの発見をした。[1]

Siege of Masyaf Templars.png

ロベール率いる騎士団に包囲されるマシャフ砦

ロベールが何人かの部下を連れソロモン神殿へ到着したが、アル・ムアリムに秘宝を手に入れるため送り込まれたアルタイル、マリクカダルのアルシャイフ兄弟達アサシンの介入により秘宝の入手に手間取った。アルタイルは敗走したが、マリクは弟カダルと腕を失いながらもアーティファクトを教団の手にもたらした。 この事によりロベールは手勢を引き連れマシャフにあるアサシンの砦に攻撃を仕掛けた。しかし、砦の門前に到着した騎士団は崩れ落ちる丸太の波に飲まれて撤退を余儀なくされた。[1]

アル・ムアリムはアルタイルを9人のテンプル騎士暗殺に差し向けた。 ダマスカスアッカエルサレム各都市に居る騎士たちをアルタイルは暗殺し続けた。 ロベールはアルタイルの襲撃の時期を予見してマハド・アッディーンの葬儀にロベールに変装したマリア・ソープを参列させた。ロベール自身は『アサシンの脅威』に立ち向かうため十字軍とサラセンに団結するよう説得するためアルスーフへ向かった。

アルタイルは罠にかかったが、すぐにロベールの真の居場所を知る。ロベールの説得が終わる前にアルスーフに辿り着いたアルタイルはロベールとの戦いに勝利する。今際の際にロベールは最後のテンプル騎士はアルタイル自身の師であることを明かした。それを聞いたアルタイルは最後の標的に向かい走り去った。 アルタイルがアル・ムアリムを殺害した後、 the Apple was ultimately lost to the Assassins.[1]

キプロスへ移転編集

Altair Acre Ship.jpg

キプロスへ出航する騎士団

ロベールの死後騎士団はアルマン・ブシャールが引継いだ。それからまもなくブシャールは以前は密かに騎士であったイサキオス・コムネノスが支配していたキプロス島リチャード1世から購入した。1191年 リマソール地下にある騎士団の秘密の保管庫に隠されたすべてのアーティファクトを手に入れるため騎士団はアッカから船を出した。[11]

騎士団はすみやかにリマソール、キレニアに支配圏を広げキプロスに拠点を築く。暴力をもって支配を行ったため、キプロス島内で騎士団に対抗するレジスタンスが組織された。さらにマリア・ソープを捕虜として捕えたアルタイルも騎士団を追った。ブシャール配下のリマソール、キレニアの将軍たちは全員暗殺され騎士団はキプロスでの支配力を失った。[11]

Templar Archive1.jpg

ブシャールの暗殺

アルタイルがキレニアの騎士団排除に奔走する中、騎士団はリマソールの保管庫にあったアーティファクトをすべて持ちだしていたので、多大な犠牲を出したが騎士団の目的は達成された。 全アーティファクトの搬出が終わった保管庫でブシャールはアルタイルと対峙しその刃に倒れた。[11]

再び地下へ編集

1307年 フランスのアサシンに影響を受けたフランス王フィリップ4世は教皇クレメンス5世に異端審問にかけることを強制し解散させる。総長ジャック・ド・モレーは自身が火炙りにされる事で騎士団は壊滅したと欺いた。しかし、モレーは信頼出来る9人の部下にかつて来たりし者の知識を与えて地下に潜らせた。[6]

1321年 騎士団はイタリアのアサシンダンテ・アリギエーリを殺害し、その存在をアサシンに知らしめた。その3年後アサシンマルコ・ポーロドメニコ・アウディトーレの父を殺害する。[5]

百年戦争編集

1337年 イングランドプランタジネット家フランス王国のヴァロワ家に宣戦布告し百年戦争は始まった。

1428年 由来は定かではないがフランス人少女ジャンヌ・ダルクエデンの剣を手にしフランス軍について数多く戦いを勝利に導いた。しかし、それがテンプル騎士団の注目を集め彼女が所持していたエデンの果実を狙われる事になった。 1430年ジャンヌはイングランド側に捕らえられ尋問され、剣を騎士団に奪われた。 1431年ジャンヌは騎士団の手で火刑に処された。[5]

ルネッサンス編集

15世紀後半イタリアでは騎士団は教会や貴族に深く浸透して表舞台での権力を取り戻していた。ロドリゴ・ボルジアの指揮のもと騎士団はイタリア北部を統一し、キプロスに隠されたエデンのリンゴを手に入れることに努めていた。[1]

スフォルツァ暗殺編集

Galeazzo and the Assassin.jpg

Lampugnani kissing Sforza's hand

ロドリゴの下騎士団はミラノからスフォルツァ家を排除し、フィレンツェとミラノの関係を不安定化させようと画策した。 騎士団の計画はサントステファノの響宴でミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァを暗殺する事だった。ロドリゴはフィレンツェで計画を練り、部下と共に街を脱出を試みた。しかし、アサシンジョヴァンニ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェに追われ、足止めのために残した部下がジョヴァンニと戦っている隙にロドリゴは街を出た。ジョヴァンニから[メディチ家]]に引き渡されたロドリゴの部下はロレンツォ・デ・メディチと実はテンプル騎士だったウベルト・アルベルティに拷問された。[4]

ロドリゴの部下から情報を十分に得たジョヴァンニは公爵暗殺を防ぐためミラノへ急いだ。 しかし、十二時の鐘がなった時公爵はテンプル騎士ジョヴァンニ・アンドレア・ランプニャーニカルロ・ヴィスコンティジローラモ・オルジャティによって暗殺された。ヴィスコンティとオルジャティは脱出したが、ランプニャーニははスフォルツァの番兵に殺害される。[4]

アウディトーレ家の処刑編集

ミラノでに計画を成功させた騎士団は、フィレンツェの街へ注意を向けた。しかし、フィレンツェの事実上の支配者ロレンツォ・デ・メディチはアサシンジョヴァンニ・アウディトーレとその家族と同盟関係にあり、フェレンツェで有力なテンプル騎士の拠点パッツィ家最大の敵であった。騎士団はアサシンのさらなる介入を避けるため、ロドリゴは買収したジョヴァンニのかつての友人ウベルト・アルベルティ判事にジョヴァンニとフェデリコペトルチオシニョーリア宮に投獄させた。[5]

LMS 1 v.png

Templars, Uberto Alberti and Rodrigo Borgia, watching over the Auditore family execution

しかし、パッツィ家の番兵はジョヴァンニの残った息子エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ|エツィオを捕らえることができなかった。そしてジョヴァンニ、フェデリコ、ペトルチオはシニョーリア宮前の広場で絞首刑に処された。処刑に立ち会ったエツィオはアルベルティ判事の裏切りを知り、広場を脱出してアルベルティ暗殺の準備を始めた。その後間もなくエツィオはヴェロッキオの新作発表会で父の残した武器を使いアルベルティを暗殺した。[5]

しかし、ボルジアはアサシンの脅威は去ったと考えメディチ家を排除する計画を進めた。[5]

パッツィ家の陰謀編集

二年間でテンプル騎士団はパッツィ家を中心にフィレンツェを支配する計画を進めていた。 1478年 ロドリゴはヤコポフランチェスコヴィエリらパッツィ家の人間とサンジミニャーノで会い、陰謀の実行計画を語った。 しかし、ヴィエリはエツィオと叔父マリオが率いる傭兵たちに街を攻撃された時エツィオに殺害される。[5]

WiSC 8.png

Francesco attacking Giuliano, with Bernardo in the back

それにもかかわらず、騎士団はサンタ・マリア・ノヴェッラでの話し合いを手配それからしばらくして計画を続行した。 ロドリゴはシクストゥス4世から誰も殺さないという条件で陰謀の承認を得て最終的な準備を始めた。 次の日曜日、ミサのためサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へ到着したメディチをパッツィが襲撃する。 この事件は後にパッツィ家の陰謀として知られている。

フランチェスコは19回ジュリアーノ・デ・メディチの胸を刺した暗殺に成功。しかし、パッツィ家の陰謀を止めるために介入したエツィオに撃退されロレンツォ・デ・メディチは負傷させることしかできなかった。 エツィオの助けによりロレンツォは逃げることができたが、パッツィ家は市内で問題を起こし続けた。そこでロレンツォの要請を受けたエツィオはフランチェスコ・デ・パッツィを追い詰め殺害した。[5]

With Friends 2 v.png

Jacopo trying to reason with Rodrigo

騎士団のヤコポと共謀者達はフィレンツェからトスカーナサンジミニャーノに逃れた。 彼らは1480年に何処かでロドリゴと再び会うように手配していた。 しかし、残された4つの計画(ベルナルド・バロンチェッリアントニオ・マフェイステファノ・ダ・バニョーネフランチェスコ・サルヴィアーティ)は2年間ですべてエツィオに阻まれた。 ヤコポは一人でロドリゴに会いに行きそこで計画の失敗に腹を立てたロドリゴに胸を刺され殺された。 Sensing Ezio's presence at the meeting, Rodrigo sent his guards after the Assassin; nonetheless, Ezio was once again able to fend the guards off and put Jacopo out of his misery. 一人のアサシンによってフィレンツェでの計画を阻まれた騎士団はヴェネツィアに目を向けた。[5]

ヴェネツィアの謀略編集

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The Barbarigos meeting with Rodrigo Borgia

1480年 エミリオ・バルバリーゴは彼の下にヴェネツィア商業地区の商人たちを統一しようとしていた。その計画は1485年に街の盗賊と協力したエツィオによってエミリオが暗殺され失敗に終わる。 その後すぐ、ロドリゴ・ボルジアカルロ・グリマルディシルヴィオ・バルバリーゴマルコ・バルバリーゴダンテ・モロは会議を開きヴェネツィアでの計画について議論を交わした。 その時彼らは総督(ドージェ)ジョヴァンニ・モチェニーゴを殺し後釜へマルコ・バルバリーゴを据えることを決定した。この計画の本当の目的はキプロスからリンゴを回収するためにアサシンの気を反らせることだった。 [5]

この会議を盗聴していたエツィオはモチェニーゴの暗殺を防ぐためにレオナルド・ダ・ヴィンチ飛行装置を使いドゥカーレ宮の総督居住区に侵入する。しかし、エツィオは総督の毒殺を防ぐには遅すぎたが、首謀者の一人カルロ·グリマルデを殺害することには成功した。[5]

マルコは目論見通り総督の椅子に座り、アサシンの暗殺を防ぐため決して外には出なかった。 しかし、カーニバル中に開催される個人的なパーティーでマルコは人々の前に出て行かざるをえなかった。 エツィオはなんとかパーティーへの参加資格を得て潜り込んみ、マルコが現れると攻撃を仕掛けた。[5]

Two birds 8.png

The Templar boats setting sail from the Arsenal

アサシン教団の活動によりヴェネツィアのテンプル騎士団はシルヴィオ・バルバリーゴとダンテ・モロを頼らなければならなくなった。騎士団はその権力を強化するため傭兵を雇入れ拠点をヴェネツィア国立造船所に置いて、傭兵団はバルトロメオ・ダルヴィアーノ率いるヴェネツィア傭兵隊と戦った。 エツィオ・アウディトーレはバルトロメオの傭兵隊と協力してダンテとシルヴィオを兵達から引き離すことができた。 傭兵隊の守りを失った2人はキプロスに向かう船に乗り逃亡しようとしたが、出向前にエツィオに追いつかれ殺される。 しかし、他の船はキプロスに向かい出稿した後だった。[5]

リンゴの捜索編集

He who waits 3.png

The Apple being given to the courier

Despite the Templars facing "complications" on Cyprus, the Templar boat returned to Venice in 1488. 騎士団の番兵はロドリゴ・ボルジアにリンゴを渡すため番兵所までの護送を命じられた。 しかし、エツィオは番兵の一人をを殺してその制服を奪い変装した。 そしてロドリゴにたどりつくと、エツィオは番兵たちを殺しロドリゴと戦った。 そこでエツィオとアサシン教団のメンバーが合流したことでロドリゴはリンゴを残し逃亡した。[5]

騎士団はテンプル騎士ジローラモ・リアーリオの妻カテリーナ・スフォルツァから写本の在処を記した地図と教団の手にあるリンゴを得るためルドヴィコチェッコのオルシ兄弟に接触する。

兄弟はフォルリに侵攻しカテリーナの2人の子供を人質にとって写本の地図とリンゴを引き渡すように要求した。 罵倒された兄弟はロッカ・ディ・ラヴァルディーノを襲撃した。 街の番兵と共に戦ったエツィオ・アウディトーレとニッコロ・マキャヴェリは攻撃を寄せ付けなかった。 ルドヴィコを殺しにエツィオが去ったが、弟チェッコがりんごを手に入れた。 エツィオがルドヴィコ殺害に成功し戻った後、リンゴを持ち逃亡するチェッコに追いつき殺害する。[12]

ローマ教皇の支配編集

リンゴを失いはしたがロドリゴ・ボルジアは動じなかった。 1491年 教皇の選考会コンクラーベの候補となり、スペインの異端審問官トマス・デ・トルケマダを騙し命令に従わせた。 これらの命令はスペインバルセロナのアサシン教団壊滅させるためロドリゴは教団のメンバーを異端者だとして処刑させた。 他にもクリストファー・コロンブスの新世界への旅を阻止して、騎士団が代わりにそれを行おうとしていた。 しかし、それらの計画はスペインに渡ったエツィオ・アウディトーレによってすべて阻止された。[13]

1942年8月11日、ほぼすべての枢機卿に賄賂を渡し、ロドリゴはアレクサンデル6世という名で教皇となる。[14] テンプル騎士が教会(カトリック)の最高指導者となったことにより、騎士団はローマを中心にヨーロッパ全域に於いて強固な地歩を得るに至る。[7] さらに教皇となったロドリゴは、エデンの杖の一つである教皇の杖をその手に収めた。[5]

1490年代後期、エデンの果実がフィレンツェの統治者となったジローラモ・サヴォナローラの下にあると知ったボルジア家は、エデンの果実を奪還せんと、フィレンツェへ大規模な軍を派兵した。 しかし、兵の死体が送り返されるばかりであった。[15] さらにこの結果、得られたのがサヴォナローラが処刑されたという情報だけであったため、ボルジア家の目論みは水泡に帰した。[16]

IBAL 4.png

Ezio confronting Rodrigo in the Vatican

1499年、アサシン教団イタリア支部の指導者層はボルジア兵の注意を逸らすためにローマへと向かい、その裏で、エツィオは Passetto di Borgoを通り、 St. Peter's Cathedral|サン・ピエトロ大聖堂へと向かった。かつてこの場所で、アサシンは信徒に向けラテン語のニカイア信条を読み上げるロドリゴ・ボルジアに奇襲を仕掛けた。ロドリゴはエツィオを突き飛ばし、信徒達の服従を目的に杖の力を使用。エデンの杖の力を得たロドリゴとエデンの果実の力を借りたエツィオによる一大決戦であった。杖の力がエツィオを圧倒、腹部を突き刺し 、ロドリゴは Sistine Chapel|システィナ礼拝堂の地下にあるthe Vaultへ向かう。しかしそこはロドリゴの進入が許された場所ではなく、「預言者」にのみ立ち入りが可能であった。ロドリゴは程無くまたエツィオと対峙、肉弾による最後の戦いが始まる。その幕切れに、エツィオはロドリゴは預言者ではなく、これまでもそうであったことは一度もなかったと告げた。 不本意な事実と大敗を受け入れ、ロドリゴはエツィオに私を殺し、全てを終わりにしようと提言する。がしかし、他の標的達とは異なり、エツィオは彼を殺害しても家族を甦らせることはできないと述べ、止めをささなかった エツィオが the Vaultに入ると, ロドリゴは安全な場所へ逃げ込んだ。[5]

ACBH Cesare Apple of Eden.png

チェーザレ・ボルジア、モンテリジョーニ

その5日後より、教皇軍最高司令官であるロドリゴの息子、Cesareチェーザレ・ボルジアが徐々に騎士団の執権を握り始め、モンテリジョーニにあるアサシン及びアウディトーレ家の本拠地に攻撃を仕掛けた。その過程で、テンプル騎士団はカトリーナ・スフォルツァの捕縛、マリオ・アウディトーレの処刑、そしてエツィオの狙撃、あまつさえエデンの果実の奪取にまで成功したのだった。モンテリジョーニを討ち滅ぼした後、ボルジア家はローマへ凱旋する。[7]

騎士団の執権が段階を踏みチェーザレへ移ってゆくに当たり、彼は正式に総長となり、イタリアの統一ひいてはヨーロッパ全域の統轄へと野心を見せた。教会をボルジア家が支配したため、King Louis XII of Franceルイ7世、フランス, King Ferdinand II of Aragonフェルディナント2世、アラゴン and King [Manuel I of Portugal マヌエル1世、ポルトガル] などのような世俗の有力者までもが服従の意を示した。一方では、ボルジア家への従事を強いられていたレオナルド・ダ・ヴィンチにが開発した戦争兵器を導入し、軍事力の補強を図った。この軍隊を用い、チェーザレは迅速にイタリアの各地を征服していった。[7]

アサシン側もこれを指をくわえて見ていたわけではなく、エツィオはローマへ移り、現地教団の再建を企てていた。 チェーザレの不在を突き、エツィオは種々の戦争兵器を破壊し、出納係である Juan Borgiaフアン・ボルジアやフランスの将軍であるOctavian de Valoisオクタヴィアン・ド・ヴァロワを含む高位の騎士たちを次々と亡き者にしていった。ローマにおける支配権を次第に奪われ、騎士団の計画は破綻に追い込まれる。 戦争から帰還したチェーザレは股肱の喪失に加え資金供給源が絶たれた事を知る。[7]

イタリアからの追跡編集

Apple a day 5.png

父を殺害するチェーザレ

1503年8月18日、チェーザレを目障りであると感じ始めたロドリゴはサンタンジェロ城にある彼の私室にてチェーザレと会う。そこでロドリゴは毒を仕込んだリンゴの盛り合わせを卓の上へ置き、チェーザレがこれを食べるように仕向けた。がしかし、 父の企てを察知したチェーザレの妹Lucrezia|ルクレツィアが部屋へ駆け込み、食べるのを制止した。事実を知り憤激したチェーザレは食べかけのリンゴを父の喉へ押し込み、エデンの果実はどこにあるのかと問うも、返答を得る前にロドリゴは絶命。最終的に、チェーザレは妹を脅迫し、エデンの果実の在処の情報を入手する。 チェーザレが去った後に教皇の部屋へ侵入し、ルクレツィアよりエツィオも同じ情報を得る。エツィオはひた駆け、 寸分の差で早くエデンの果実に辿り着く。エデンの果実の力を利用し、チェーザレの近衛兵を撃退。チェーザレは教皇Pope Julius IIユリウス2世の命により逮捕された。.[7]

テンプル騎士団最後の指導者となったチェーザレはサンタンジェロ城の牢獄から不法で脱出し、ボートで逃走を図るが、またもエツィオにより計画は潰される。1504年、教皇は秘密裏にチェーザレの収監地を Castillo de la Motaモタ城へと変更する。()[17]

1506年、チェーザレはMicheletto Corellaミケロット・コレッラの手を借り脱獄し、伴にValenciaヴァレンシアへ向かった。そこでチェーザレは挙兵し、Lone Wolf Inn孤狼の宿にて指揮を執った。リンゴの力を使いチェーザレの所在地を知ったエツィオはマキャベリとチェーザレの野営地を急襲、12の艦船を沈めた。チェーザレは攻撃の責任はミケロットにあると非非難。これに逆上したミケロットはチェーザレの絞殺を図る。揉み合いの末、チェーザレは顎に一撃を加え、これに怯んだミケロットを射殺した。誰の助けも借りず、単独で義理の兄弟John IIIフアン3世が統治するナバラ王国へと血路を開いたのであった。.[17]

PaxR 6.png

チェーザレを死の道へ突き落とすエツィオ

1507年、フアン3世によりSiege of Vianaヴィアナ攻囲のための軍の統帥権を与えられる。将校自らが戦闘中、今一度宿敵エツィオと対峙する。チェーザレは城に向かって逃走するが、 追い詰められ、 [[Viana Castle]ヴィアナ城]の城壁の上にて最終決戦に臨む。数太刀交えるもチェーザレは敗北。 城壁の頂よりその身を落とされ、波乱の人生に終止符を打った。チェーザレの死により、 ボルジア家によるテンプル騎士団への影響力は失われ、イタリアを中心としたヨーロッパ全域を統合する野望もここに潰えた。[7]


マシャフの鍵を求めて編集

1509年、コンスタンティノープルに大地震が発生して以降、ビザンツ帝国の影響がまだ色濃い地域でテンプル騎士団の活動が活発化する。大地震発生以来、バヤジット二世が帝都を留守にしていたこともあり、オスマン帝国の転覆を目論むビザンツの残党である騎士達の侵入を許してしまう。指導的立場にいたマヌエル・パレオロゴスはカッパドキアの地下都市を隠れ蓑とし、隠然と活動をしていたが、やがて皇位継承順位第一位であるアフメト皇子の目に触れてしまう。}}.[3]騎士団の理念に共感したアフメト皇子は騎士団に加入。彼の若さとカリスマ性は並みでないものがあり、さしたる荊棘もなく指導者の地位へと上り詰めた。これによりパレオロゴスは団内第2位の地位への降格を余儀なくされた。

テンプル騎士団は、表向きは著名な探検家で水面下ではアサシンとして活動したニコロ・ポーロが残した日誌を回収した。そして、その日誌からアルタイルの書物庫の存在とそこへ足を踏み入れるにマシャフの鍵が必要であることを知る。アフメト皇子はパレオロゴスをマシャフの鍵収集における最高責任者に任命し、自らは帝国におけるテンプル騎士団の勢力の保持、並びに基盤の強化に努めた。[3]

The Wounded Eagle 3.png

テンプル騎士に指示を出すレアンドロス

1511年、テンプル騎士団はトプカプ宮の地下にマシャフの鍵を発見すると迅雷の速さでマシャフを占領した。 必要数の鍵を所有していなかったため、書物庫への掘削作業は成果を得られずに終わる。1511年冬、騎士団と同一の目的を持ったエツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェがマシャフに到着。しかし、待ち受けていたのはアサシンの遺産ではなくレアンドロス率いるテンプル騎士の伏兵であった。奮戦するが数に押され最終的に捕えられる。 テンプル騎士はエツィオをマシャフの物見櫓へ連行し首に輪縄をかけた。続けてレアンドロスは輪縄の結び目を引きしめようとしたが、その瞬きの間を突きエツィオは反撃を加える。翻って自身の首には輪縄をかけたまま、縄をレアンドロスの首にかけ、絞首台を飛び下りた。吹き荒れる豪雪の中には、既にエツィオの姿は認められなかった。 レアンドロスは早々に諦念し、他のことに専念することを決意し、馬車に乗り逃走した。エツィオはこれに追随。レアンドロスの馬車に繋がった綱にしがみつくことに成功。途中で空の馬車を手に入れレアンドロスを追いつめた。[3]

レアンドロスはアトラス村の近くの山路でエツィオの馬車を破壊し、村へ進入、その場にいた騎士にエツィオを排除するよう命令する。しかし、手負いのエツィオは刺客をすべてねじ伏せ、多少の苦難を伴いながらレアンドロスの逃げ込んだ村の中心地へ歩みを進めた。ここでレアンドロスはまたも手勢をけしかけるが、すべて排され村の物見やぐらでとどめを刺された。エツィオは遺体から日誌を回収した。[3]

コンスタンティノープルにおける闘争編集

コンスタンティノープルではまだ、テンプル騎士団が少なくないプレゼンスを有していた。アサシン教団トルコ支部との激しい戦いを通して、多数のアサシンの隠れ家を占拠し、エツィオに先んじてマシャフの鍵へつながる秘密の場所を探し始めており、すでにイェレバタン貯水池牡牛の広場の二カ所を特定していた。が、いずれもテンプル騎士団の手に渡すことはなくすべてエツィオが回収した。[3]


アフメトは皇位継承争問題で争う弟、セリム皇子(後のセリム1世)と世俗における評判に差をつけるために、一策を講じた。トプカプ宮にて行われる彼の甥スレイマン皇子(後のスレイマン1世)の祝宴にて彼をかどわかし、自らスレイマンを救出するというマッチポンプであったが、目論見がアサシン教団トルコ支部に露見。ユスフ・タジム率いるトルコ支部はエツィオの助けを借り、賓客に扮した工作員を漏れなく排除、誘拐計画を破綻させた。

その胸中に秘したテンプル騎士団の理想を何人にも悟られていなかったアフメトは、スレイマンへの攻撃を事前に察知、および未然に防ぐことができなかったイエニチェリの隊長であるタリク・バーレティを糾弾。論点をずらすことによって巧妙に自分を嫌疑の外に持ってゆき、事なきを得た。[3]

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タリクと取引をするマヌエルとシャクルー

数日後、マヌエルはカッパドキアに潜伏するテンプル騎士の軍備の増強を目的として、タリクそしてイエニチェリから銃を購入するためにコンスタンティノープルへ向かった。背教者でありテンプル騎士でもあるシャクルーに連れられ、マヌエルはarsenalテオドシウスの浜にて銃の査定を行った。取引は成功に終わり、マヌエルはカッパドキアへ帰還した。

エツィオとスレイマンは誤った決断をし、スレイマンの命の下にタリクを暗殺する。二人はタリクがテンプル騎士団を利していると考えていたが、事実は全くの逆であった。至上目的としてテンプル騎士団を壊滅させるために、カッパドキアの騎士たちを偵察していたのであった。 セリム派であったタリクの不審死は、アフメトが裏で糸を引いていると信じられ、彼の名声を大いに失墜せしめた。[3]

カッパドキアの崩壊編集

マヌエルとシャクルーは、ビザンツ兵の訓練場としての機能を持ち合わせる、いまだ発展の途上にあるカッパドキアのデリンクユへと戻り、大量のオスマン人を虐殺した。[3]

Due to Ezio Auditore, who had trailed Manuel to Cappadocia, an Ottoman spy named Dilara was captured from Templar imprisonment. Consequently, Shahkulu gained the attention of Dilara and Ezio. Ezio jumped down and stabbed Shahkulu from on high, though Shahkulu resisted against Ezio and a fight ensued. Ultimately, Ezio killed Shahkulu and simultaneously stopped the torture and execution of the Ottoman spies in the city.[3]

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Manuel and a Byzantine spotting Ezio

The Templars panicked when Ezio Auditore blew up the ammunition and armaments hidden inside the city, and Manuel Palaiologos tried to calm the city's citizens. Upon spotting Ezio, Manuel fled and sent the Templars to kill Ezio. The Templar soldiers proved no match for Ezio, and the Assassin confronted Manuel after the latter ran to a dead end on a jetty. Manuel was easily slain, and gave up his Masyaf Key to Ezio, cynical that he would survive long enough to enter the library. At that very moment, Ahmet arrived on the scene by boat, revealing his Templar affiliations and threatening to capture Ezio's love interest Sofia Sartor when Ezio did not give up the Masyaf Keys.[3]

Fall of the Byzantines編集

Ahmet returned to Constantinople not too long afterwards, and sent a battalion of Templars to capture Sofia from her book shop. The book shop was guarded by Yusuf Tazim and other Assassins, though the Templars emerged victorious, killing Yusuf in the process. Upon discovering Yusuf's lifeless body, Ezio rallied the Assassins against Ahmet and the Templars, who had located themselves in the arsenal. When Ezio reached Ahmet, the latter explained that his death would prevent Ezio from knowing where Sofia was, and subsequently lectured Ezio that the both of them wanted peace and tried to convince him of the people's reluctance to acknowledge the truth. Unsuccessful in convincing the Assassin, Ahmet instead told Ezio to meet him at the Galata Tower with the Masyaf Keys.[3]

Ahmet and a group of Templars waited for Ezio on the wall of Galata Tower, and demanded the Keys from Ezio upon his arrival, in exchange for Sofia, who was held by a Byzantine atop Galata Tower. However, Ahmet instead had Azize[18] dressed in Sofia's clothing with a bag hidden over her head held by the Byzantine soldier, while the real Sofia was being hanged on a nearby plaza. Ahmet made his leave out of the city with the Masyaf Keys, and started his journey to Masyaf to open the library.[3]

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Selim killing Ahmet

Ahmet and his Templar entourage were tailed by Ezio and Sofia, who was rescued by Ezio, and a chase on horse cart ensued. The other Templar horse carts were taken out by Ezio, only to be knocked off his own cart by Ahmet. Ahmet continued making his way forward, with Sofia driving their horse cart and Ezio hanging on to the cart with a parachute deployed. After a long chase through the mountains, Ahmet obliterated Sofia's cart. Ezio landed on a nearby hill and from there jumped onto Ahmet's cart, causing the both of them to fall off a cliffside. Though initially fighting during their freefall, Ezio deployed another parachute to result his safe landing, while Ahmet held on to Ezio. The both of them safely landed, but showed signs of heavy fatigue. At that moment, Selim arrived with his army from battle with his father, and walked up to Ahmet. Revealing that he had been assigned as the next Sultan, Selim started choking Ahmet and threw him off a cliff to ensure that there would be no conflicts for succession. With Ahmet's death, the Byzantine Templars were ultimately dissolved.[3]

Aiding Jiajing's ascendance編集

In 1521, Emperor Zhengde of China passed away, and lacked a proper heir. The Chinese Templars, eager to gain power, aided in the ascendance of Zhengde's nephew Jiajing. With Jiajing as the Emperor, the Assassins in China were hunted down and nearly fully eradicated. The remaining Assassins were forced to flee, with Jiajing's men in hot pursuit. The imperial soldiers even followed the Assassins to Europe, where the Assassin Shao Jun had made her way to Italy in order to seek aid from Ezio Auditore, the now retired Mentor of the Italian Assassins. Jiajing wanted the Chinese Assassins eradicated at all costs, and the imperial guards even went as far to attack Shao Jun in Ezio's villa in Tuscany. However, Shao Jun and Ezio, in his mid 60s, were able to defeat the soldiers.[6]

Age of Reason編集

Templars looked at the Renaissance as a dark time for the Order: while other men progressed humanity's knowledge, the 15th century Templars led by the debauched Borgia did not care for such ideals, using the Order as a platform to gain power and influence. By the 17th century, the Templars began adjusting their philosophy. Instead of making personal bids for powers, the Templars sought to influence rather than control the leaders and intellectuals of the new age.[6]

Modern times編集

War of Currents編集

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The three leaders of American industry, in Florida

By the 19th century, the Templars had established a major foothold in the American industry, with important figures such as Thomas Edison, Henry Ford and Harvey Firestone being Templars themselves.[5]

During the late 1880s, Edison, who had created a direct current (DC) for electric power distribution, became an adversary of Nikola Tesla, his former employee who had created an alternating current (AC). Jealous of Tesla's more efficient invention, the Templars began to spread propaganda slandering Tesla, like electrocuting an elephant with AC electricity on public television. Additionally, Edison contacted his associate J. P. Morgan, who was financing Tesla, informing him of Tesla's intentions to make electricity free to all people and telling him to cut off Tesla's funds. Eventually, the Templars' efforts worked in their favor and DC electricity was distributed across the globe.[5]

During the early 20th century, Ranny Olds and Henry Ford developed and popularized the assembly line, a manufacturing process, to control both capitalists and workers.[7]

Russian Revolution編集

During the late 19th century, the Templars started gaining strong influence over the Russian Empire and the ruling House of Romanov. Both Tsar Alexander II and Tsar Alexander III became strong allies of the Templar Order, and supported their goals. As a result, the Russian Assassins and its left-wing terrorist offspring the Narodnaya Volya targeted the Romanovs, eventually managing to kill Tsar Alexander II in 1881. The Assassin Nikolai Orelov made an attempt on the life of Tsar Alexander III, in which he was unsuccessful due to the Tsar's surprising strength, stamina and his possession of a Staff of Eden, and the event eventually turned into the Borki train disaster.[19]

Tsar Alexander III died in 1894 of kidney failure. His son Nicholas II, who was not an ally to the Templars, gained control over the Empire, and the Templar agent Grigori Rasputin infiltrated Nicholas' close circle by "miraculously" healing his son. After being close enough, Rasputin replaced the Staff of Eden with a replica,[20] taking the real artefact to a Templar research station in Tunguska.[5]

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The Tunguska explosion

In 1908, Orelov obtained the station's location and, together with a group of other Assassins, was sent to destroy the artifact. While the Assassins killed the Templars inside and secured the station, their ally Nikola Tesla sent a bolt of electricity from the USA, causing the station to explode and the Staff to be scattered into pieces; known commonly as the Tunguska explosion.[21] Rasputin somehow managed to obtain one of those pieces and used it to hypnotize and control the Imperial family.[20] Rasputin himself was later killed by the Assassins, and the Templars lost control over Russia.[5]

The Russian Imperial family was overthrown during the Russian Revolution, and power shifted to Vladimir Lenin, an ally of the Assassins and leader of the newly formed Soviet Union. Unbeknownst to them, Lenin's subordinate Joseph Stalin was secretly a Templar[5] and took over control of the Soviet Union after Lenin's death.

Founding Abstergo Industries編集

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Abstergo Industries logo

In 1937, the Templars founded Abstergo Industries, a secret company aiming to control capitalists and workers and neutralize communism. The Templars, who had previously created the capitalistic economic system, hoped to control the people through owning capitalistic companies, as opposed to having people own the companies.[7] The company would go on to control a lot of corporations and organizations, including the Ford Motor Company, NASA, the CIA[5] and BP.[7]

World War II編集

In the late 1930s, Adolf Hitler, an associate of the Templars, began to take over political control over Germany. After having assumed full control, Hitler used an Apple of Eden to form Nazi Germany and hypnotize the population to join his cause. With this newfound support, Hitler began to declare "war" on Germany's neighboring countries, quickly conquering them. A worldwide war - World War II - soon erupted, but the entire war was a Templar plot to keep the people under the Order's control.[5]

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While the entire war was overseen by the Templars, the world was split between two forces. On one side of the war stood the Axis, primarily led by Hitler and Benito Mussolini. On the other side stood the Allied forces, led by the Franklin D. Roosevelt, Winston Churchill and Joseph Stalin; the Big Three.[5]

On 30 April 1945, Hitler shot his own double inside his Führerbunker to make the people believe he had died, while the real Hitler planned to take the Apple of Eden and meet with Churchill. However, an Assassin had been biding his time outside the Führerbunker, and assassinated Hitler before the latter could make the meeting.[5]

Overthrowing governments編集

During the 1950s and 1970s, Abstergo Industries heavily involved themselves with opening up the markets to capitalism.[7]

In 1953, the Templars orchestrated the overthrowing of Iranian prime minister Mohammad Mosaddegh, to make the constitutional monarch Mohammad Reza Pahlavi into an authoritarian one. The Shah, SAVAK and Sha'baan Ja'fari terrorized citizens and protected capitalist oil interests, which Mossadegh wanted to go to the people.[7]

Abstergo planned the 1954 coup d’état against Guetemalan president Jacobo Árbenz Guzmán.[7]

JFK assassination and Apollo 11編集

In the 1960s, the Templars sought to obtain an Apple of Eden that was located on the Moon. However, President John F. Kennedy, who also had an Apple of Eden in his possession, did not share the Templars' motives and thus the Templars planned to get rid of Kennedy.[5]

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JFK in his car, moments before the assassination

On 22 November 1963, Kennedy was planned to drive around Dallas, Texas, and the Templars appointed William Greer as his driver, while Lee Harvey Oswald would be the primary assassin whilst Abraham Zapruder acted as his support. Oswald shot Kennedy several times, while Greer grabbed the Piece of Eden in the confusion. Moments afterwards, the Templars made a "phantom" appear on the hill in the background to cause more chaos. After Kennedy's death, Vice President Lyndon B. Johnson, who was also a secret Templar, became President of the United States.[5]

On 20 July 1969, the Templar organization NASA had sent the Apollo 11 to the Moon to obtain the Apple of Eden, which turned out to be a successful mission.[5]

Dissolving communism編集

During the late 20th century, the Templar's support of the Communist system ended, and plans were made bring about the end of the Communist system.[7]

Abstergo manipulated the American Secretary of State Henry Kissinger into orchestrating the 1973 coup d’état against Chilean president Salvador Allende, who had gained much popularity with the people and wanted the people to own Chile's corporations. Abstergo removed Allende and replaced him with general Augusto Pinochet, who installed a military Junta. Abstergo promised the Chilean capitalists to ensure the Junta remained in power, they would transfer all corporate debt to Argentina.[7]

During the 1990s, Abstergo manipulated Margaret Thatcher, a Prime Minister of the United Kingdom, to contact Boris Yeltsin and inform him that Mikhail Gorbachev, the head of the Soviet Union, did not bear the company's interest at heart. Yeltsin stood up against communism, causing Gorbachev to lose popularity. In December 1991, Yeltsin unseated Gorbachev and became President of the Russian Federation.[7]

Animus Project編集

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Vidic experimenting on Subject 4

In the late 20th century, Abstergo began abducting people of Assassin descent to use them as subjects for their Animus project. In 1985, they captured a young American boy of Assassin descent who was named Daniel Cross; codename Subject 4.[20] Doctor Warren Vidic used a "working prototype" capable of mimicking a Piece of Eden[7] to plant an impulse into Cross' brain that would make him subconsciously infiltrate the Assassin Order and, when given the opportunity, kill the Order's Mentor.[20] After the operation was successful, Cross was sent into the outside world.[21]

In 2000, the Templars and Assassins both struggled for control over the United States due to the Presidential election.[20] The candidate George W. Bush was used as a puppet by the Templars,[7] while Al Gore was backed by the Assassins.[20] However, before the eventual election took place, Daniel Cross had successfully infiltrated the Assassin Order and killed the Mentor, and Cross returned to Abstergo's Philadelphia facility. The Templars had obtained the locations of all the Assassin camps due to Cross' visits being in his memories, forcing several Assassin cells to relocate and the organisation as a whole to start operating in smaller teams,[20] and the Templars had gained the upper hand in the election.[7]

By September 2012, sixteen test subjects had been "retired" before the company succeeded with the seventeenth – Desmond Miles, a descendant of both Altaïr Ibn-La'Ahad and Ezio Auditore da Firenze.[1][5]

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Desmond being held captive in the Abstergo laboratory

For seven days after his capture, Desmond Miles was forced to relive the genetic memories of his ancestor Altaïr in order to reach one specific memory the Templars were seeking. The memory that was valuable to Abstergo registered the moment his ancestor found a holographic map containing the locations of all Pieces of Eden scattered across the world. With the information they had long sought in hand, the Templars set about gathering the remaining Pieces to ensure "absolute peace", although they soon found themselves in a race against the Assassin Order to obtain the Pieces first.[5]

They planned to send a satellite with a Piece mounted on it into orbit, with the launch scheduled on 21 December 2012.[1] Ultimately, Abstergo cancelled the launch of the satellite as they were unable to obtain the required Piece of Eden in time.[22] During this time, two of the Templar leaders, Daniel Cross and Warren Vidic, were assassinated by Desmond Miles, while a third one Otto Schmitt died under mysterious circumstances.

In spite of these blows, the Templars were able to continue the Animus project, and began selling it to the public as a video gaming console via their multimedia division, Abstergo Entertainment.

Ideals and goals編集

"We're cruel and desperate creatures, set in our conquering ways. The Saxons and the Franks. The Ottomans and Safavids... I could go on for hours. The whole of human history is but a series of conflicts and subjugation. A desire for more, and more, and more."
―Haytham Kenway, regarding his view on humanity.[src]
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A Templar during the Third Crusade

The existence of the Templars became known to the public in 1129, when its military order was endorsed by the Holy See as a means of countering the ever-increasing threat against the Holy Land by the Saracens, and to protect the city of Jerusalem.[23] Over time, the Templars began to believe it within their power to unite the world in peace.[1]

Their system of belief changed greatly upon the discovery of the Pieces of Eden; they began to speculate that God was a myth and this led the Order to become atheistic, although they publicly maintained the pretense of following the Christian ways so as to not lose the support of the Church.[5]

Realizing the power that the Pieces of Eden held over man, the Templars began to seek out the artifacts. In 1191, Robert de Sable, then the Grand Master of the Order, personally sought the fabled Apple of Eden, buried in the catacombs of Solomon's Temple, beneath the Temple Mount.[1] The theft of the Piece of Eden by the Order of Assassins renewed the sustained conflict between the two powers, ending with the death of Armand Bouchart in Limassol.[11] Despite this setback, the Order maintained its belief in creating a world of peace through manipulation of the Pieces of Eden.

As time progressed, the Templars became more focused on the Pieces of Eden, rather than operating to transform and influence society through non-supernatural means. Their goals changed as they sought to control and unify the entire world using the Pieces of Eden to create a "New World Order".[1][5]

The Templar world view was based upon an inherently pessimistic view of humanity. As opposed to the Assassins, who believed that free will was an inherent quality and right of all humankind, and should be preserved regardless of the cost, Templars insist that freedom causes chaos and upheaval, and ultimately threatens the fabric of civilization itself. Templars hence believe that order, purpose and direction are key in the construction of a perfect world. More moderate Templars would try to influence humanity to have discipline and restraint, as well as opting for tighter and more centralized governmental control. The most fanatical Templars, however, would aim at nothing less than the total destruction of free will, and absolute control over humanity.

It is easy (and common among Assassins) to mistake the Templar pursuit for control as a pursuit for power. Whilst many Templars are indeed after power, the Order's base ideology itself is about attaining control in order to enable humanity to transcend their animal roots, and become a species perfectly in harmony and in peace. That is why Templars tend to agree with Assassins when it comes to pursuing peace, but detest their pursuit of freedom.

Despite the highly noble ideals of the Order, the Templars were often questionable in their methods, which included subterfuge, assassination, manipulation of individuals as well as events, murder and even warfare. The Templars' treatment of individuals such as Desmond Miles, Daniel Cross, and Clay Kaczmarek are unethical at best, and throughout history many atrocities have been committed in the name of the greater good. The Templars are liberal in their methods used in the name of the greater good, and is perceived by many to be 'evil' or 'corrupted', or at least bent on domination in many instances.[1] However, while some Templars commit those atrocities fully aware of the magnitude of their actions, others are simply unaware of the atrocities committed in the name of the greater good. Some, such as Maria Thorpe, choose to leave the Templar Order in disagreement with the Order's methods. However, for those that are steeped in the Order's plans and secrets, leaving the Order was nearly an impossible task, as they would usually have been killed to stop them from leaking information. At various points in history, such as during the American Revolution, Templars opposed the unnecessary killing of innocents, though their definition of an 'innocent' was less broad than that of the Assassin brotherhood. Generally, a history of armed resistance or conflicting interests alone would suffice to make a person a 'hostile' entity, therefore justifying his or her eradication.

The nature of the Order, which involves the acquisition and the exercise of power, makes the Templars highly susceptible to corruption. Many have used the Templar cause as a shield or stepping-stone to further their own selfish desires, attaining power not for the benefit of mankind as was the decree of the order, but for power's own sake. Others like Thomas Hickey or Juan Borgia, likewise, used the Order's considerable connections, wealth and power to attain wealth and luxury. Dedicated Templar visionaries, who are fully convinced of the Order's righteousness of cause and who lived in service to such an ideal, such as Haytham Kenway and prince Ahmet, are rare and far in between. During the Italian Renaissance, Templar goals were corrupted by Rodrigo Borgia into seeking power and domination at all costs, which is far removed from their original noble motive. Modern Templars view the Borgias as debauched tyrants and consider their reign to be a Dark Age of the Order.

References編集

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 Assassin's Creed
  2. 2.0 2.1 2.2 Assassin's Creed (French comic): Tome 2, Aquilus
  3. 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 3.12 3.13 Assassin's Creed: Revelations
  4. 4.0 4.1 4.2 Assassin's Creed: Lineage
  5. 5.00 5.01 5.02 5.03 5.04 5.05 5.06 5.07 5.08 5.09 5.10 5.11 5.12 5.13 5.14 5.15 5.16 5.17 5.18 5.19 5.20 5.21 5.22 5.23 5.24 5.25 5.26 5.27 5.28 5.29 5.30 5.31 5.32 5.33 5.34 5.35 5.36 5.37 5.38 5.39 5.40 Assassin's Creed II
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 6.5 6.6 6.7 Assassin's Creed Encyclopedia
  7. 7.00 7.01 7.02 7.03 7.04 7.05 7.06 7.07 7.08 7.09 7.10 7.11 7.12 7.13 7.14 7.15 7.16 7.17 7.18 Assassin's Creed: Brotherhood
  8. Assassin's Creed (French comic): Tome 1, Desmond
  9. Wikipedia: Knights Templar
  10. Assassin's Creed: Altaïr's Chronicles
  11. 11.0 11.1 11.2 11.3 Assassin's Creed: Bloodlines
  12. Assassin's Creed II:フォルリの戦い
  13. Assassin's Creed II: Discovery
  14. Assassin's Creed: Renaissance
  15. Assassin's Creed II: Bonfire of the Vanities
  16. Assassin's Creed: Project Legacy
  17. 17.0 17.1 Assassin's Creed: Brotherhood novel
  18. Assassin's Creed: Revelations novel
  19. Assassin's Creed: The Fall - Issue #1
  20. 20.0 20.1 20.2 20.3 20.4 20.5 20.6 Assassin's Creed: The Fall - Issue #3
  21. 21.0 21.1 Assassin's Creed: The Fall - Issue #2
  22. Assassin's Creed III
  23. The History Channel, Decoding the Past: The Templar Code, 7 November 2005, video documentary written by Marcy Marzuni


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