FANDOM


ACRDB-Tarik.png

タリク・バーレティ は、アルバニアのキリスト教徒の家に2人目の子供として生まれた(兄弟と姉妹は、それぞれ3人ずついた)。だが、当時のオスマン帝国 には、キリスト教徒の家は男子をスルタンに「差し出す」ことを定めたデヴシルメ制度があり、彼は幼くして家族から引き離されることになった。デヴシルメ制度が要求したのは、何よりもまずオスマン帝国臣民であることだ。人を人とも思っていないこの制度に泣かされた若者は多いが、金で売り買いされる奴隷とは異なり、デヴシルメ制度の下で育てられた子供たちには、官僚やイェニチェリ 、つまりスルタンの親衛隊員として立身出世するチャンスが与えられていた。タリクの場合は後者の道を選んだというわけだ

こうしてオスマン帝国の忠臣となったがタリクが、俗っぽいアフメト 皇子を嫌い、セリム 皇子を敬愛していたことは、よく知られた事実だった。このことはイェニチェリ軍団全体の忠誠心にも影響を与えていた。つまりイェニチェリ軍団は、表面的にはバヤズィト2世 への忠誠を保ち続けていたものの、心の中では全員がセリフ皇子を支持し、その即位を望んでいたということだ。イェニチェリはきわめて有力な政治勢力でもあったから、タリクは身の安全を気にすることなくアフメト皇子への反感やセリム皇子への敬意を口にすることができたが、それにしても彼が大胆な人物であったのは確かだ

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

FANDOMでも見てみる

おまかせWiki