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Galata Tower Database image

街の北岸に入植地を広げるため、ジェノヴァからの入植者によって1348年に築かれたガラータの塔 は、要塞の一部として重要な役割を担っていたが、要塞そのものはオスマン 帝国の時代に大部分が取り壊されてしまった

17世紀、この塔は最も初期の有人飛行実験の舞台になったと言われている。とある旅の歴史家が書き記しているが、ヘルザフェン・アフメト・チェレビ なる人物が、自分の体を手製のグライダーにしばりつけ、1632年のある晴れた日、この塔から空中に身を躍らせたというのだ。この歴史家が目撃したところによると(他に見た者はいなかったらしい)、ヘルザフェンはガラータ 上空を越えてボスポラス海峡まで飛び、アジア側の海岸に無事降り立ったらしい。この驚天動地の話は当時のスルタン、ムラト4世の耳にも入り、ヘルザフェンは金貨の詰まった袋を賜った上でアルジェリアへ追放され、それから数年後に死亡したという

18世紀になると、オスマン帝国はこの塔を火の見やぐらとして使うようになった。しかし20世紀になると、この塔に上る者の目は、塔の一角に築かれたナイトクラブの床を飾る炎に釘づけになってしまう。ナイトクラブ? そう、金と引き換えに食事やダンスを楽しめるあのナイトクラブだ。まったく、中世の静けさは遠くになりにけり、だ

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