ASSASSIN'S CREED Wiki
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Rose Mosque

もともとは8世紀に正教会を吹き荒れた聖像破壊運動の中で殉教した女性にちなんでハギア・テオドシアと呼ばれていた。その後、グル・ジャミィ、つまり「バラのモスク 」と呼ばれるようになったが、それには悲劇的な、しかし美しい逸話がある

伝説によれば、オスマン 帝国によるコンスタンティノープル 包囲の最後の夜、皇帝コンスタンティヌス11世 とコンスタンティノープル総主教は、目前に迫った破滅から逃れようと、奇跡が起きることを願ってここで夜を徹して祈りを捧げた。そしていよいよ皇帝が先頭に立ち、最後の抵抗を試みることになったとき、教会に残っていた数百人の人々は、バラの花びらと終わることのない祈りをもって彼らの無事を願ったというのだ

翌日、オスマン軍に城壁を破られ、街は陥落した。メフメト2世 の軍勢がハギア・テオドシアに到達したとき、彼らがそこで見たのは、無数のバラの花びらと教会を埋め尽くす意気消沈した人々だった。人々は全員捕らえられ、その日を境に教会は軍事的な用途に使われるようになった

しかしそれから20年後、オスマン帝国はここを信仰の場に改築し、キリスト教の教会だった最後の数日間の出来事にちなんで「バラのモスク」と命名した

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